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過去の演奏会

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト/クラリネット協奏曲 イ長調 K.622

Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
Konzert in A für Klarinette und Orchester K.622
第1楽章 アレグロ /Allegro
第2楽章 アダージョ /Adagio
第3楽章 ロンド:アレグロ /Rondo:Allegro

モーツァルトは、クラリネットの音色をとても好んでおり、当時オーケストラに加わり出したばかりのこの新しい楽器のために数々の作品を書きました。中でも最晩年の作品であるクラリネット協奏曲は、協奏曲というジャンルのみならずモーツァルト全作品の中でもとりわけ名曲として親しまれています。この協奏曲は、ウィーン宮廷楽団のクラリネット奏者であったアントン・シュタードラーとの親交によって生まれました。モーツァルトはシュタードラーの演奏を「人間がうたっているようだ」と称しており、その音色や表現にすっかり惚れ込んでいました。

シュタードラーはクラリネット族の大型楽器であるバセット・ホルンの名手でもあり、特に低音域を得意としていたと言われています。彼は知人の楽器製作者と共に、クラリネットの低音をバセット・ホルンの領域まで拡張した楽器を開発しました。それは、具体的には通常のクラリネットよりも低音側に4つの音を出すことができる楽器でした。この楽器が現在でいう「バセット・クラリネット」です。シュタードラーはこの楽器のための協奏曲の作曲をモーツァルトに依頼し、誕生したのがクラリネット協奏曲K.622です。作曲されたのはモーツァルトが亡くなる2ヶ月前とみられており、彼自身が完成させた管弦楽曲としてはこれが最後の作品となりました。

この曲は初演後すぐに自筆譜が紛失してしまいましたが、通常のクラリネットで演奏可能なように誰かが書き直した楽譜が出版されていたことで、今日までクラリネットのための協奏曲として広く親しまれてきました。一方、バセット・クラリネットは、楽譜を失ったこともありその存在がすっかり忘れ去られてしまいました。この協奏曲がバセット・クラリネットのためのものだということが明らかになったのは20世紀に入ってからで、協奏曲の出版譜に関する当時の音楽新聞の記事にこの楽器に関する記述が見つかったことがきっかけとなりました。また、1794年に行われたシュタードラーの演奏会のチラシが発見され、そこに描かれたイラストから、彼が使用していた楽器の形状が明らかになりました。このイラストを元に復元された古楽器の他、モダン楽器も製作され、本日のようにバセット・クラリネットによる演奏を行うことができるようになりました。

クラリネットは木管楽器の中でも特に幅広い音域をもち、4つに分けられた領域ごとに音色が異なることが大きな特徴です。協奏曲のソロは、幅広い音域の中を駆け巡ったり、低音域と高音域の音色の違いを利用して対話するなど、モーツァルトはこの楽器の特徴を余すことなく利用しています。クラリネットによる演奏でもこの曲の美しさが損なわれることはありませんが、低音域が拡張されたバセット・クラリネットによる演奏でなければ、やはりこの曲の魅力を十分に味わうことはできないと言えるでしょう。

曲の構成は、アレグロ-アダージョ-ロンドという当時の一般的な協奏曲のスタイルです。しかしながら、他の協奏曲のように、ソリストの名人芸を披露する華麗なカデンツァは書かれていません。第1楽章は、冒頭でオーケストラが主題を演奏した後、ソロ・クラリネットが繰り返すという主題の二重提示が行われます。ソロの登場後はしばしば短調へ移行し、しっとりとしたクラリネットの音色が憂いのある響きを作り出します。第2楽章は美しく穏やかな天上の音楽で、死を予感したモーツァルトの諦観を感じさせます。第3楽章は軽快なロンドですが、第1楽章と同様、やはりどこか憂いを帯びています。全楽章にわたって澄み切った美しさと哀しさを併せ持つ曲想は、モーツァルト最晩年の境地と言えます。

本日の演奏を聴いて、この曲の楽器編成をご存知の方はおや?と思うかもしれません。ソリストとは別に、オーケストラにもクラリネットが加わっています。ソリストの楽譜には”solo(独奏)”と書かれた部分と”tutti(総奏)”と書かれた部分がありますが、現在一般的にソリストは”solo”の部分のみを演奏します。しかし、モーツァルトの時代には”tutti”にもソリストが加わって演奏するという、バロック時代からの慣習が残っていました。したがって、モーツァルトはオーケストラにもクラリネットの音色が加わることを求めていました。本日は、この響きをより明瞭にお聴き頂けるよう、オーケストラにもクラリネットが加わって演奏します。

(Y.H)

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