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過去の演奏会

小山 清茂/管弦楽のための「信濃囃子」

Kiyoshige Koyama (1914-2009)
Shinano-Bayashi for Orchestra

小山清茂は1914年、旧更級郡信里村字村山(現 長野市篠ノ井村山)の農家に生まれました。彼の作曲の原点は、幼い頃から親しんだ郷土の民謡やわらべうた、お祭りのお囃子など、当時の農村生活の中での音体験にあるといえます。旋律の素材はこれらをもとにした素朴で親しみやすいものですが、日本の音階とそれを生かす和声にこだわった独自の作品は、世界的に高く評価されています。われわれの郷土がこのような素晴らしい作曲家と作品を生んだということは、まさに世界に誇れることです。今回、第30回記念のメインプログラムとして、彼の出世作と代表作を取り上げます。

「信濃囃子」は、戦後間もない1946年に完成した作品です。戦時中福島に疎開していたとき、望郷の念に駆られて故郷信里の秋祭りを懐かしみ、獅子神楽のお囃子をモティーフにして書かれました。この作品は同年の第14回音楽コンクール(現:日本音楽コンクール)において見事第1位を獲得し、作曲家・小山清茂の出世作となりました。

獅子神楽を題材としたこの作品は、その構成も「道中~幌舞~御幣舞~道中」という獅子舞の流れに沿ったものとなっています。冒頭のフルートによる旋律は、「道中」といって神楽が村の中を練り歩く時に演奏されるお囃子です。「幌舞」、「御幣舞」の部分では独奏楽器による謡い(うたい)や、ユーモラスな囃子言葉などが登場し、様々な表現によって獅子舞の雰囲気が見事に音楽化されています。また、弦楽器の使い方も独特で、ピツィカートによって太鼓の音色を表現したり、フラジョレットによって篠笛の高音域の音色を表現するなどの工夫がなされていますので、随所に現れる独創的な響きにも注目してお聴きください。

ちなみに、「信濃囃子」の直接のモティーフとなった獅子神楽は、作曲者の故郷村山の布施神社に伝わる「村山太神楽」です。この神楽は昭和35年に一度途絶えた後、作曲者小山の働き掛けもあって、昭和63年に小山登さん(村山神楽保存会会長)が中心となって復活しました。小山登さんによれば、この神楽は明治の初め頃に七二会から伝わったもので、ルーツは戸隠にあると推定されるようです。このお話をもとに調査を行ったところ、戸隠祖山の矢本八幡宮の神楽囃子に、「信濃囃子」とそっくりなフレーズが多く含まれていることが確認できました。また、同じ旧戸隠村内でも戸隠神社周辺地区のお囃子は、これとは異なるものでした。矢本八幡宮のお囃子が「村山太神楽」すなわち「信濃囃子」の直接のルーツかどうかは更なる調査が必要ですが、戸隠祖山から陣馬平山を越えて七二会に伝わり、さらに犀川を渡って村山へ…というルートであったことは間違いないのではないかと考えています。

なお、若穂保科の秋葉神社には、「村山太神楽」とそっくりな神楽囃子が伝わっていることが、同地区在住の団員から報告されています。また、長野市内の「太神楽」と呼ばれる系統の獅子舞は、高田の五分一太神楽の影響を受けていると言われ、古くは高田から戸隠や七二会まで稽古を付けに出かけていたこともあったそうです。そのためか、市内の神楽囃子の「道中」では、「信濃囃子」冒頭のフルートのテーマのような節回しがしばしば聞かれます。そう考えると、実はこの曲は耳になじみのある方も多いのではないでしょうか。

残念ながら、村山太神楽は現在では再び途絶えてしまったということです。地域の伝統行事をそのままの形で伝えていければそれが本来の望ましい姿かもしれませんが、途絶えた村山のお囃子はこの「信濃囃子」に息づいています。長野市に拠点を置くオーケストラとして、われわれにできることはこの作品を今後も演奏し続けていくことであり、この演奏によって皆さまが地元の伝統文化に興味をもつきっかけとなれば幸いです。

(Y.H)

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