スクリャービンはロシアのモスクワに生まれた作曲家・ピアニストで、今年2015年は没後100年にあたります。幼い頃からピアニストとしての頭角を現し、モスクワ音楽院に進学してピアノと作曲を学びました。このときの同級生には、ラフマニノフがいました。のちにロシアを代表する作曲家となる2人ですが、ラフマニノフは生涯を通じて調性音楽から大きく逸脱することはなかったのに対し、スクリャービンは独自の音楽理念の追求によって調性音楽から離脱していきました。初期はショパンに影響を受けたロマンティックな作風を示しますが、やがて自ら生み出した「神秘和音」による、文字通り神秘的な作風へと変化していきます。
彼の作風の変化は、ニーチェ哲学や神智学に影響を受けたことによる思想変化がもたらしたものです。後期作品における神秘和音や独特の楽曲形式は、神と人間とを自己の内面で合一させ、脱我(エクスタシー)を体験する「神秘主義」によるものです。また、彼には「色聴」すなわち音に色がついて見えるという感覚があり、この特異な感覚も彼の音楽理念に影響を及ぼしたと考えられています。この色聴を具現化したのが1910年の交響曲第5番「プロメテ-火の詩」で、色光ピアノという光を放つピアノを使用することがスコアに明記されています。この作品を経て、色だけでなく香りや触覚などを含めた人間のあらゆる感覚と芸術とを統一しながら聴衆と神との合一を図る「神秘劇」の構想にまで発展します。しかしながらこの壮大な構想は、彼の43歳という早すぎる死によって実現することはありませんでした。
このように、難解なことで知られるスクリャービンの作品ですが、本日演奏するピアノ協奏曲は25歳のときの初期作品です。「ロシアのショパン」と称された時期の、ロマンティックで大変美しい曲です。ちなみに彼の色聴によると、この曲の主音である「嬰へ(Fis、ファ#)」は、青色だそうです。ショパンやラフマニノフがあまりに有名となったことも影響してか、演奏機会の少ない作品ですが、親しみやすさをもった知られざる「名曲」です。
ソナタ形式ですが、オーケストラによる導入部があります。この導入部は短いものの、ロシアの寒空を思わせる陰鬱な雰囲気に満ちており、この楽章のキャラクターを予感させるものです。ピアノが奏でる第1主題は抒情的な美しい旋律、続く第2主題はマズルカ風の舞曲です。いずれもショパンを彷彿とさせるものですが、ロマンティックではあってもどこか仄暗さをたたえるところに、初期のスクリャービンらしさを感じます。
スクリャービンとしては珍しく、変奏曲による楽章です。弦楽器により提示されるテーマは、祈りを感じさせる穏やかな旋律です。第1変奏はクラリネットで、ここまでピアノは伴奏にまわっています。第2変奏はアレグロ・スケルツァンドとなり軽快な曲想ですが、第3変奏は一転して葬送行進曲のような重苦しい雰囲気になります。第4変奏と第5変奏では再び穏やかな曲想に戻り、まるで天国にいるかのようなうっとりした美しさに包まれます。
ロンドソナタ形式をとり、ポロネーズ風の勇壮な第1主題と、ロマンティックながらも力強い第2主題からなります。第1楽章のどこか煮え切らない曲想とは決別し、毅然とした力感をもった楽章です。コーダではピアノの激しい和音連打とともに華々しい盛り上がりをみせます。ホルンには協奏曲としては異例のベルアップを行う指示があり、壮大なクライマックスを築いて感動的に全曲を結びます。
(Y.H)