モーツァルトは生涯に4曲のホルン協奏曲と、いくつかの断章を書いています。この第1番の協奏曲は未完成で、完成されたソナタ楽章とロンドのスケッチ、そして完成されたロンドが残されていました。従来は、比較的早い時期に作曲され、後にロンドが独立して完成されたと考えられたため、番号は第1番とされ、ロンドにはK.514という別のケッヘル番号が振られました。しかし、1980年前後に、自筆譜の紙質研究や筆跡鑑定などにより、この協奏曲が実際には最晩年の作品であること、そして完成されたロンドは、弟子のジュスマイヤーがモーツァルトの主題を用いてほぼ「創作」したものであったことが明かになりました。以降、何人かの研究者がモーツァルトのスケッチに基づく補筆校訂版を作成していますが、本日演奏するのは、レクイエムの校訂でも知られるF.バイヤーによるものです。
モーツァルトのホルン協奏曲は、いずれも親しい友人でもあったロイドゲープというホルンの名人のために書かれています。彼らは年は離れていましたが、仲の良い「悪友」であり、この協奏曲第1番の自筆譜には、ロイドゲープをからかうための、極めて下品な悪口が至るところに書きこまれています。また、年を取って演奏能力の落ちたロイドゲープに配慮するための音域の変更なども見られます。
第1楽章は素朴で伸びやかな第1主題で始まりますが、明るい曲想なのに何故か悲しい、というモーツァルト独特の雰囲気も漂わせています。第2楽章は屈託のないロンド。独奏パートはほぼモーツァルトによるものですが、伴奏は断片的なスケッチから校訂者が書き上げたものです。通常聴き慣れた版とはほとんど別の曲と言っても良いくらい違っています。
(T.M)