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過去の演奏会

L.V.ベートーヴェン/交響曲第5番 ハ短調 Op.67

Ludwig van Beethoven (1770-1827)
Symphonie Nr.5 in c-moll, Op.67
Ⅰ Allegro con brio
Ⅱ Andante con moto
Ⅲ Allegro
Ⅳ Allegro

ベートーヴェンは20代後半の1796年頃から聴力の低下に悩まされはじめます。音楽家として致命的な耳の病に対する不安のため、彼は深刻な精神的危機に見舞われ、一時は自殺まで考えたようです。1802年に書かれ、ベートーヴェンの死後発見された有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」は、その苦悩をつづったものです。ただ、これは遺書とは言うものの、実際には危機を脱してから書かれた復活の意思表示のようなものであると考えられています。

事実、ハイリゲンシュタットの遺書を書いた後、ベートーヴェンは非常に旺盛な創作意欲を見せます。交響曲第3番「英雄」を皮切りに、第6番「田園」までの交響曲や、ヴァイオリン協奏曲、3曲の「ラズモフスキー」弦楽四重奏曲など、素晴らしい作品が立て続けに生み出されたため、この時期は「傑作の森」とも呼ばれています。

その「傑作の森」を締めくくるのが、第5番と第6番「田園」という2つの交響曲です。いずれも1803年頃から1808年にかけて、ほぼ同時期に作曲が進められ、初演も同じ日(1808年12月12日)に行われました。この時期のベートーヴェンの興味は徹底した動機操作にあり、この2曲はともにその方法論を極めたものですが、共通の足場を持ちながら、これだけ印象の異なる2つの傑作が同時に生み出されたことには本当に驚かされます。

今日演奏する第5番は、「運命」というタイトルで知られています。これはベートーヴェンの弟子のシンドラーが、この曲の冒頭について、ベートーヴェンが「運命はかくのごとく扉を叩く」と語った、と伝えているところから、日本やドイツで広まった呼び名ですが、実際にはこの逸話はシンドラーの創作であり、曲の中身とは関係ありません。

第1楽章はクラシック音楽と言えばこれ、というほど有名な動機で始まります。この出だし自体も非常にインパクトがありますが、この楽章全体がひたすらその動機に基づいて行き詰るような緊迫感を持って組み立てられ、さらに続く3つの楽章でも必ずこの動機が顔を出し、曲全体を統一していることには、ただただ驚嘆させられるばかりです。

第2楽章は一転してヴィオラとチェロのおだやかなカンタービレで始まり、続いて木管楽器によるもうひとつの旋律が出て、この2つの主題による変奏が繰り広げられます。

第3楽章はスケルツォであり、主部は低弦による不安げな主題と基本動機に基づく決然とした主題の対比が印象的です。ベルリオーズが「象が喜んで踊っているようだ」と評したトリオは、低弦が活躍するユニークなものです。

第3楽章の終わりから第4楽章へは切れ目なくつながります。E.T.A.ホフマンが「闇夜を突然照らし出す、輝かしくまぶしい太陽の光」と書いたように、不吉な持続低音を伴い、押し殺したような緊張感を持つ推移部から、爆発的な第4楽章冒頭に突入する瞬間の解放感は、とても強烈です。この曲では交響曲史上初めてピッコロ、コントラファゴット、トロンボーンが導入されているのですが、温存されていたそれらの楽器が、まさにこの部分から参加することにより、その効果が一段と大きくなっています。この部分を聴くと、曲全体が、楽章の枠組みを超えて、この瞬間に至るために綿密に計算されていたことがわかるでしょう。展開部の終わりから再現部にかけては、わざわざスケルツォを回想してから主題に再突入することを考えても、ベートーヴェンがこの瞬間を非常に重要視していたことが明らかです。最後のコーダは異様に長くしつこいものですが、やはり楽章の枠を超えて、曲全体を締めくくるものとして、ふさわしい規模となっています。

(T.M)

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